高校3年間とてつもなくお世話になった恩師と
先日、facebookで友達になりました。

大好きな大好きな先生の、昔からの努力が報われてすごい結果を残している様子を知ることができて
思わずほろりとしてしまったので・・・
先生との思い出と、先生がどんなに素晴らしい人か。
ちょっと語りたくなりました。


先生には、感謝してもしきれない。。。

わたしの人生をガラリと変えてくれた人です。

幼い子どもたちを育てながらも、仕事は誰よりも全力。
こんなにタフで強い女性は、他に知りません。

facebookを見たところ、いま
生徒を10人連れてハーバード大学にいるらしい。 
16日間のサマーワークショップ、だって。




学級委員もしたことがないわたしが、栃木で1番の高校の生徒会長に


「生徒会の副会長選挙に出てみたら?」

高校1年生の5月。
入学して1ヶ月目の個人面談で、先生に言われたことです。

昔から憧れていた、栃木の女子としては1番偏差値が高い高校に合格できて
完全燃焼しきっていたわたし。

「部活は入る気ありません」と伝えたら
先生が唐突にこう提案をしてきたのです。



突拍子もない提案。

何言ってんだこの人は、って思った。



わたし中学で学級委員もしたことないんですけど。
ってゆうか入学して1ヶ月目で副会長になれるわけないでしょ・・・
そもそも、生徒会ってなにしてるの?

いろいろ頭を巡ったんですけど


うーん、でも
憧れてた高校の生徒会副会長か・・・

なれたらうれしいかもな。って。


「じゃあ出ます」って。

気が付いたらその場で答えてた。



もちろん、1年生で立候補したのはわたししかいなくて。

その後の選挙の準備が、それはもう辛くて辛くて辛すぎて
何度も泣くことになるんですけど

生徒会経験のある2年生たちを相手に、
勝つことが出来たんですよね。


先生、すごく喜んでくれたなあ。




その後も、とてもいろんなことがありました。

何しに学校に来てるのかわからないくらい
休み時間はあちらこちらに走り回り、授業中もこっそり仕事をして、放課後もばっちり仕事して。

自然の流れで生徒会長に。


自分よりもはるかに賢い女子たちの先頭に立つのは、すごく怖くて。自信が無くて。
どうせ自分なんか、みんなに馬鹿だと思われてるんだ…ってずっと思ってた。


実は先生もこの高校のOGで、生徒会長をしていたらしく
どんな時も、真剣に、ベストな方法を。
高校生のわたしにはレベルが高すぎるほどのアドバイスをくれたし、支えてくれました。


「万人に支持されなくてもいい」
「you can do it !」
「会長は仕事をするな」


なんか今見ても、人生の教訓ってかんじです。


先生、いつもわたしに、超大変な提案をするんですけど
全面的に信頼&尊敬してたので、全部言うこと聞いてました。言いなりw

人生振り返ってみても、わたしこの頃が1番がんばってたんじゃないかな?笑
生徒会を卒業するときの記念写真
↑生徒会を卒業したときの記念写真。同期と。私服の高校なので正装は、なんちゃって制服かスーツ。

偏差値40のわたしが、現役で早稲田大学に行けたのは先生のおかげでした

そんなこんな、生徒会一色だった高校時代。
授業中に仕事して、帰ったら疲れ切ってすぐに眠くなって。。。


学年ほぼビリで偏差値40くらいになってたんですよね。
リアルに、ビリギャル(笑)


大学3年生の6月、先生に呼び止められました。

「あやか、大学どうするの?」


「うーん、、、」
答えられずにいたわたし。


「あやかは生徒会を頑張ったから、それを活かしたいね。
ちょっとまって。良いのあるから」


そこで教えてもらったのが

早稲田大学教育学部の自己推薦入試。


別名、早稲田名物の「一芸入試」





学校の成績は一切関係なしで
どれだけ自分が高校生活の中で活躍できたかをアピールして合格を勝ち取る入試方式。


1次試験は、自分の活動を証明する書類をオリジナルで提出する。
2次試験は、小論文と面接。



これだあああああああああ!!!!

って感じ。
もう、藁にもすがる思いってこのことだわ。


それからは一般入試のための勉強をほぼ中断
自己推薦入試に合格することだけを考えて対策をするのでした。


まずは1次試験。

自己アピールできる書類作成。
形式は完全に自由。

先生に何十回も添削してもらって、
合計60枚もの資料をつくって送った。


1次の合格通知が来た時、先生はクールに1言

「あれだけやれば当たり前よ」
だって(笑)

それくらいしつこく、練りに練った資料でした。



次は小論文・面接対策。

小論文の塾へ行かせてもらって、
「日本の論点」を、過去5年分くらい読んで



毎日毎日、作文書いてました。

そして2次試験本番。


合格。


うれしかったなー





実は、先生も早稲田出身。
またしても先生の後を追うことになりました。


わたしの高校生活、進路、考え方
全てに大きく影響を与えてくれました。

先生がいなかったら、今のわたしは有り得ません。

内向的でチャレンジすることも知らず、行動を起こす発想も起きない人になってたと思います。



「ディベートは英語教育の最高峰!」批判されても折れないパッションを見せていただきました

ここまでは、先生がわたしに突拍子もない提案をたくさんしてくれたことで
成長できたし、良い方向へ導いてもらえました!って話だったんですが

先生は校内でも大いに暴れていました(笑)


先生がわたしによく言っていた
「万人に支持されなくてもいい」。

まさにこれを体現してくれていました(笑)

一部にはめちゃくちゃ嫌われていた、ってことです(笑)



先生の教科は「英語」だったのですが

「ディベートこそ、英語教育の最高峰!」と言って
授業でそれを熱心に取り入れてました。

それがわたしが1年生の時。


最初は学年全体で取り組んでいたディベートの授業。

でも、これ、生徒も先生も
授業外の時間で準備をする必要があって
とても労力がかかるものなのです。

次第に、「めんどくさい」「意味あるの?」という生徒の声。




もっとタチが悪いのが、キャリアの長い
おじいちゃんおばあちゃん世代の先生方からの厳しい風当たり。

仕事を増やすめんどくさい若手教師。

そう思ってたんじゃないかな。



先生が学校や生徒のことを考えて、発言すると

「またなんか言い出したよ…」という雰囲気。


変わること・手間がかかることが大嫌い
出る杭は打つ

そんな、教員の世界を垣間見ました。
(わたしが教師になるのをやめたのはこの時見たものの影響が大きい)



でも、先生は「ディベートこそ、英語教育の最高峰!」
これを信じて、強い心で生徒のために、全力で行動するのです。



そんな先生だから、そのパッションは伝わる人には伝わります。

英語ディベート部を立ち上げて、
全国大会に出場。

かなり良いところまで勝ち上がることができました。



信念を曲げずつっぱしれば、とてつもないパワーが生まれることを教えてもらいました。

そんな先生の姿を見て、高校生ながら
こう思っていました。


先生はこんなに頑張っているのに
なんて他の先生からの風当たりが強いんだろう。

年功序列なんて、くだらない。
この環境では先生は報われないんじゃないか。


ずっとそう思ってきた。



それでも、出過ぎた杭は打たれないようですね。


わたしが卒業すると同時に、先生も学校を休職して
早稲田大学の大学院へ1年間の短期入学(びっくり!!!)

その後すぐに、栃木で1番の高校である
男子校に異動していきました。



先生の噂は、離れていても届いてきてた。
優秀なOBにばったりと出会ったり、新聞やネットニュースで活躍の様子を知ることができたから。



英語部を立ち上げて、日本一に輝き
トルコで開催された世界大会に出場していたこと

英語部が東大に行くことが驚異的に多いこと

たくさんの卒業生からの、信頼が厚いこと




そして極めつけは、ハーバード大学に生徒を10人連れて
16日間のサマーワークショップ。

大変そうだけど、すごく充実していることがうかがえる。

何より、facebookで先生の笑顔が見れて嬉しかった。




先生はそこで報われているように見えた。




こんな素晴らしい先生に出会えたことを誇りに思ってます。

わたしも恩返しがしたい。



最後に連絡したのは、1年半くらい前かな。
自分の生徒が、早稲田の自己推薦入試を受けるからアドバイスをして!って。

何でも全力でサポートするの、先生らしいよね。


声をかけてくれたことがうれしくて。
よろこんで面接の練習に付き合った。

その子は合格した。


先生も喜んでくれただろうな~


こんな風に、大好きな人の役に立ちたいから
○○だったら鈴木彩華に聞こう!って思われるようになろう。

わたしも先生のように仕事がんばります。





以上、大好きな先生との思い出話でした☆